2度あることは3度ある以上の経験者が言うのもなんですが

今現在、鬱により4度目の休職中です。備忘録と愚痴めいた事を書きますがご容赦願います。

きっかけかな… その七

結婚と前後して、松山市に店舗が出来るとの話が出てきた。いつもの会社辞令のように店長と№2が出るのがしきたりであるが、今回は競合他社があるともあり、№2の地位たる身分の人が4人もいた。
かつて、大阪市内の店にいた時と同じような布陣なのでそれぐらい大きな店なんだろうかと思えた。
店長どおし先輩後輩の間柄ともあり、今まで最終まで残業していた店長が、三人体制の時には早番にして大型店店長梶山の誘いがあったのか、そそくさと帰っていったのもそれぐらいの時期だったと思う。まぁ、私も同期の仲の良いヤツの上司でもあり、かつてその大阪の大型店で副店長として梶山と接していたのだが…


大型店が、2月半ばに開店してからは早く帰るのが顕著に見えだした。オープニングセールに行こうにも先に実家に帰るという名目で連休を取っていたので何も言えない状態だった。(新婚旅行で10日間休みもらっていたので)
おかげで、破格値で販売していた商品を買いそびれた!と怒られたのも今では思い出。確かに自社製品の曰く付きの自転車(当時、今はそうではない)が2980円!で販売していたので一時期松山市によく自社製品の自転車をよく見かけたものである。


その連休の最中だったと思う。夜間、田舎の店ともあり落ち着いた時に渡さんに「ちょっと来てください」と興奮した口調で言われた。「これ見てください」
パソコンを見ると、私についてというフォルダ📁がある。開いてみると、
書かれているわ書かれているわ私に対しての罵詈雑言が…
内容は、プリントアウトしておきフロッピーディスク💾(当時SDカードはあまり普及せず、USBメモリなんぞなない)に保存するのを忘れてしまった…


これは、組合に相談案件で今までのこともあるので転勤させてもらおう。あわよくば大阪に戻らせてもらおうと思ったのだが結局、相談の結果その大型店に転勤となった。既婚者だから大阪に戻すのは難しいのも理由の一つだった…
10月半ばから5月ゴールデンウィーク明けまで約7ヶ月にして転勤することになった。


後日談として
京都時代の地区の長が、「すまなかった。」とおっしゃった上に「あいつは人を教えるのが下手でそう言った所に転勤させて悪かった。」とわざわざ転勤後、訪問していただいた。後々に、その人は交通費過剰請求として解雇される事となるのだが…

きっかけ…かな その六

結婚したら寮を出ていく。当たり前のことでもあり、再度家電製品を買うことに。半年前に購入したのにまた来たのですか…と顔をされたのも今では思い出。


今思うと人生一度目のピークに差し掛かっていたかもしれない。しかし、好事魔多し。交通事故を起こしてしまい、一度目の累積免許取り消しになってしまう。幸い、物損事故に済みましたが、後日免許更新に行かなくては行けない羽目になってしまう。


そうこうしているうちに、寮を出ていかなければいけないので新居を探しては、彼女にメール。ここが気に食わないと何度もボツを食らいつつ、ようやく見つけたのが家賃が6万足らずで2DK、駅からは遠いがイオンが近くにあるが、バス停が近くにあるので10分ぐらいで松山市駅に着ける。コーヒー好きな彼女が一度目の松山訪問の時に気に入った暴走族の名前ですか?と言わんばかりの店が近くにある…と言う物件に引っ越しが決定。会社のメインイベントである棚卸が終わり、落ち着いた2月の29日籍を入れました。(後々に、4年に一回の記念日で、金を浮かせるつもりか?と茶化されましたが)


新婚旅行は九州一周と考えていたのだけれど、前述の免許更新が控えていたことともあり、縮小されて武雄温泉とハウステンボスだけとなり不服な奥さんを宥めていました。


新婚旅行と社内規定により、10日間の休み明けに一つの大仕事が待っていました。

ご多分にもれず、消費税の総額表示義務化によりプライスカードの貼り替えがありました。ある程度やってくれているものかと思いきや、全然手ずかずの状態であり、渡さんが言うには「ほっといて帰ってきてからさせたら良い」とキッパリ言っていたとか。


それ以前に、重要なことをあまり教えずに上が来たらヘコヘコする店長でしたが、ますます不信感を抱いた一件でもありました。

きっかけ…かな その五

その後、挨拶に行って次の次の日から勤務が始まることになる。当時にしては珍しく有給休暇を消化した。
さすがに社員が2人ともあり、今までにない負担は大きかったが彼女が月二回のペースできてくれたのと、残業代が半端なく今での1.3倍の給料だったのが大きかった。


私の両親も一度来てくれたこともある。ただし弟が新居浜市にいてるので、そのついでみたいなかんじであったけども。その時に、弟が来年の3月半ばに結婚するけどお前はどうするなることを聞かれ、勿論結婚するけどと答えたら、今までの反対とは裏腹にしぶしぶ賛成した。両親が帰った後に、電話で彼女にプロポーズ(改めて愛媛でもしたが…(汗))して彼女の家に挨拶をするため大阪に帰るための休暇申請…等など11月と12月、1月前半は仕事よりプライベートの事で忙しかった。


彼女の家に挨拶を伺ったときに「5年間待たせたぐらいだからこれからもしっかりしっかりしてくださいね」とお義母さんから言われたのはご愛敬だろうか。「この子はあまりアルバイト等したことが無く、働いたことが少ないので貴方の稼ぎで何とかしてくださいね。聞けば残業代が多く30くらい稼いでいるそうじゃないの」
これらの話は、姑の一言だと思っていたのだが、後々に大問題とは思いもよらなかった…